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札幌高等裁判所 昭和29年(け)1号 決定

異議申立人 裴章錫

弁護人 佐藤堅治郎

主文

原決定を取消す。

昭和二十九年三月二十九日弁護人佐藤堅治郎から請求のあつた被告人の保釈はこれを許可する。

保証金は金五万円とする。

被告人の住居を函館市新川町七十七番地に制限する。

理由

異議申立人は、原決定裁判所が被告人に対してなした保釈請求却下決定の取消しを求め、その理由の要旨は、申立人は昭和二十九年三月二十九日札幌高等裁判所函館支部に対し、被告人の保釈請求をなしたところ、同月三十一日に、被告人にはなお勾留状記載の勾留理由が存すると共に第一審判決において被告人に対し禁錮以上の刑の宣告があつたのであるから、刑事訴訟法第三四四条の趣旨に従つて却下する旨の決定をなした。しかし被告人は第一審で執行猶予の判決を受けて一旦釈放された者である。而して刑事訴訟法第三四四条に謂う「禁錮以上の刑に処する判決」には禁錮以上の刑と同時に執行猶予の言渡のあつた場合を含まないと解すべきであることは、同法第三四五条の規定との関係からも明であるばかりでなく控訴審の公判期日に被告人の出頭は必ずしもその要件とはなつていないのであるから右保釈は当然許可するべきものであるに拘らずこれを却下したのは法律の解釈を誤まつたものと謂うべきであり検事控訴の事件である為裁判所が予断をいだいているものとも謂える。尤も原決定には、被告人になお勾留状記載の勾留理由(逃亡し又は逃亡すると疑うに足る相当の理由)があると記載されているが、被告人は、前記第一審判決後釈放されてからは居住旅行に何等の制限が科せられていなかつたからその職業とするパチンコ機械の販売の為めに地方を旅行すること多く時には妻を同伴することもあり従つて住所を留守にすることもあるにはあつたがその住居は依然として函館市新川町七十七番地にあり、逃亡したこともなければその意思もない。ことに今回の保釈請求には妻の父や、韓国人の有力者が被告人の身元の保証をなしているのであるから、今後も逃亡ということは絶対にあり得ない。従つて、原決定裁判所が、右保釈請求を却下したことは不当であるというのである。

仍て被告人に対する麻薬取締法違反被告事件の記録を取寄せ、これを調査するに、被告人は、昭和二十八年四月二十三日函館地方裁判所において、同法違反罪により懲役六月に処せられ三年間右刑の執行を猶予する旨の判決言渡を受け、これに対して、同年五月六日検事より控訴の申立あり、昭和二十九年三月二十三日同裁判所は、検事の請求により、被告人に逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当の理由があるとして被告人を勾留したところ弁護人佐藤堅治郎から前記のように保釈請求があつたので、これに対して前記の如き理由によつて却下の決定をしたという一連の顛末が認められる。却下の理由は、本件保釈請求は刑事訴訟法第八九条の必要的保釈の場合に該らないものとしたに因るものであることは、決定理由の文意に照して容易に窺い知ることができる。従つて右却下決定の当否は、一に係つて刑事訴訟法第三四四条の「禁錮以上の刑に処する判決」という中に、その判決の執行を猶予する旨の言渡がなされた場合も含むかどうかにあるといえる。

仍て按ずるのに、刑事訴訟法第三四四条に、禁錮以上の刑に処する判決の宣告があつた場合は必要的保釈に関する規定を適用しない旨の規定を設けた所以のものは、禁錮以上の判決の宣告があつた場合は、「無罪の推定」は一応覆えされたものと見られるため、第一審の有罪の判決があるまでは被告人に常に無罪の推定を受くべきものであるとの思想的論拠から設けられたものと認むべき同法第八九条の必要的保釈に関する規定は適用するに及ばないとの理論的根拠から出たものと思料される。してみると、その判決に執行猶予の宣言が附された場合でも、無罪の推定が覆えされたという点においては実刑宣告の判決とその軌を一にするのであるから、同条の趣旨から同法第八九条の規定はその適用を見ないものの如くに見られるが、しかし執行猶予の言渡が附された場合には、現実的には又は結果的には、その刑の執行が行われなくなるという点において、無罪、免訴、刑の免除等と何ら選ぶところがないのであり、而して、無罪、免訴、刑の免除、刑の執行猶予の判決があつた場合は、勾留状はその効力を失うものであることは同法第三四五条の規定の明規するところであるから、この場合は、すくなくとも保釈請求に関する限りは、無罪の判決の宣告があつた場合と同様の取扱をすべきであり、且つ被告人の権利に影響を及ぼすこと明かなる規定は、努めてその権利を尊重する趣旨に従つて解釈すべきであるから、刑事訴訟法第三四四条にいわゆる「禁錮以上の刑に処する判決」とは、執行猶予の言渡の場合を含まぬと解するのが相当である。

本件において被告人は第一審裁判所において懲役六月の言渡を受けいわゆる禁錮以上の刑に処せられたものには相違ないが、同時に三年間その刑の執行を猶予するとの言渡を受けたものであること前示の通りであるから、本件保釈の許否を決定するに当つては同法第三四四条の適用がないと解すべきである。

してみれば本件については同法第八九条の必要的保釈の規定が適用され、而も被告人には同条所定の各条のどの場合にも該当するものがないから保釈請求は許可するものが相当であり、これを却下した原決定は失当であつて所論は理由がある。故に原決定を取消して、弁護人の保釈請求を許可することとする。

よつて、刑事訴訟法第四二六条第二項、第四二八条に従つて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 熊谷直之助 裁判官 宇野茂夫)

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